エステティックサロン・グランルミエ

The Beginning

グランルミエのはじまりとこれから

SINCE 1948

「乙女の店」から始まった、美への一歩。

Overview of granlumie

グランルミエの歩みは、ひとつの小さな店から始まりました。
創業当時から大切にしてきたのは、美しさへのまなざしと、日々に寄り添う確かな品。
時代の変化とともに進化を重ねながらも、変わらない想いがあります。
それは、選び抜いたものを丁寧に届けること。
そして、美とスタイルを通して、心地よい時間を提案し続けること。
ここでは、グランルミエがたどってきた軌跡と、その想いを紐解いていきます。

グランルミエは、滋賀県を拠点に展開する、エステティックサロン・化粧品専門店・美容室・メンズフェイシャルなどを手がけるトータルビューティーブランドです。1948年の創業以来77年にわたり、美と向き合う誠実な姿勢と、一人ひとりに寄り添う丁寧なサービスで、地域に根ざした信頼と実績を築いてまいりました。

創業者・図師鉄二郎と妻・洋子により、「乙女の店」として事業を開始。当初は化粧品やバッグなどの雑貨販売を中心に、女性社員がご家庭を訪問し、商品提案とともにフェイシャルマッサージのサービスを提供するスタイルで、美容を身近に届けていました。
その後、鉄二郎の次男である二代目・図師洋二が事業を継承し、1992年3月、エステティックサービスの本格導入を機に、事業は店舗型へと移行。ブランド名も「乙女の店」から「ルミエパリ」を経て、現在の「グランルミエ」へと刷新され、妻・育代とともにフェイシャル・アロマ・ボディトリートメント・ブライダルなど、専門性の高い施術を提供するビューティースパへと発展を遂げました。

そして現在、女性専用のエステティックサロンや化粧品販売に加え、男性向けのメンズフェイシャルサービス、さらには美容室の運営など、多角的なサービスを展開。性別や年齢を問わず、美を求めるすべての方に応えるトータルビューティーサロンとして進化を続けています。

創業当時から一貫して変わらないのは、「一流にこだわり、本当に良いものだけを求め続ける、美に対するゆるぎない姿勢」。この創業者の美学は、今もなおスタッフ一人ひとりに受け継がれ、グランルミエのすべてのサービスと商品に反映されています。
はじまり-乙女の店創業

1948

美しさを届けたい-
その想いが今に続いています。

1948年、戦後の混乱と復興の狭間にあった時代。女性たちがふたたび前を向き、自分らしく美しく生きることを支えたいという想いから、「主婦と乙女の店」は誕生しました。取り扱いは、化粧品・貴金属・アクセサリー・バッグなどの雑貨が中心。単なる物販にとどまらず、女性の日常をより豊かに、洗練されたものにするための提案型の店舗として、地域に新たな価値を提供していきました。

その後「乙女の店」として親しまれるようになり、創業者・図師鉄二郎と妻・洋子が培ってきた確かな審美眼と真摯な姿勢が、現在のグランルミエの原点となっています。
1948年創業、グランルミエ創業者の図師鉄二郎 - 78年の物語の始まり
創業者・図師鉄二郎の肖像(創業当時)
1948年創業当時の「乙女の店」外観写真 - グランルミエの歩み
当時の八日市本町商店街に佇む「乙女の店」店舗外観
1950年2月株式会社図師鈴香堂設立時の店内写真
1950年2月株式会社設立時の店内
美容部員による接客と施術の風景
当時のメイクアップアーティストの実演風景写真
当時のメイクアップアーティストの実演風景
お客さま向けに行われたメイクアップアーティストの実演会写真
お客さま向けに行われたメイクアップアーティストの実演会
アルビオン(大阪)のセミナーにて
アルビオン(大阪)のセミナーにて
乙女の店新装1周年を記念して大規模なメイクアップ講習会時の写真
乙女の店新装1周年を記念して大規模なメイクアップ講習会を実施
バス数台で現地へ向かう時の写真
バス数台で現地へ向かう
車内の様子
車内の様子
乙女の店・新装一周年記念の様子
社員(慰安)旅行の写真
社員旅行の一コマ。仲間とともに学び、親睦を深めた当時の記録。
人を育て、
文化を育てる場所として

1960

スタッフも、お客さまも。
ともに育ち、喜びを分かち合う関係がありました。

グランルミエが大切にしてきたのは、商品を届けることだけではありません。人を育て、つながりを育むという価値観が、創業当時からしっかりと根づいていました。
スタッフに対しては、美容知識や接客マナーを深める講習、現場の学びを共有する勉強会、そして信頼関係を深める社員旅行など、多面的な取り組みを継続。単なる“仕事”を越え、仲間とともに成長する環境が築かれてきました。

また、お客様との関係においても、年間を通じたイベントやサロン体験企画を通して、単なる「買う・売る」ではない関係性を育み、ブランドの“文化”そのものを地域とともに育ててきたのです。
お客さまと一緒に観劇での写真
お客さまと一緒に観劇へ

Crossing Paths

巡り合い
そうした姿勢のもと、乙女の店には時代を越えたご縁が育まれていきました。
お取引先や関係者、そしてお客さまとのあたたかなつながりを通じて、各界で活躍する多彩な方々が店を訪れるようになっていきます。それは単なる知名度や偶然ではなく、信頼や美意識を共有する関係があったからこそ。


そうしたなか、銀幕のスター・月丘夢路さんとの出会いも生まれました―
月丘夢路氏と図師鉄二郎の写真
美の志を語らう、月丘夢路氏と図師鉄二郎
図師鉄二郎、図師洋子、月丘夢路氏(左より)の写真
図師鉄二郎、図師洋子、月丘夢路氏(左より)
変わる時代に、
変わらぬ信念を持って

1979

1992

美の可能性を広げる挑戦が、グランルミエのかたちをつくってきました。

時代とともに、女性の美容に対するニーズが多様化していく中で、グランルミエもまた新たな進化を遂げていきます。

1979年、創業者・図師鉄二郎から事業を引き継ぎ、図師洋二が社長に就任。妻の育代とともに次代の感性と行動力をもって、グランルミエをより多角的な美容サービスへと導いていきました。

1992年、時代の変化に応じて店舗展開へと舵を切り、物販から体験・サービスへの価値転換を模索。フランスの名門ブランド・ゲラン社と提携し、フランス式の本格的なエステティックを導入しました。従来の化粧品販売に、プロフェッショナルな施術という新たな価値が加わり、ブランドはさらなる進化へ。その後はホテル内サロンの展開や百貨店への進出など挑戦を重ね、複数拠点での事業展開へと広がっていきました。
エステティック事業本格導入に向け、ゲラン社と業務提携を結んだ当時、フランス本社での写真。
エステティック事業本格導入に向け、ゲラン社と業務提携を結んだ当時、フランス本社にて。
フランス・ゲラン本社のエステティックスパにて。業務提携に伴い現地スタッフの接客や技術を視察。
フランス・ゲラン本社のエステティックスパにて。業務提携に伴い現地スタッフの接客や技術を視察。
ゲランのルカール先生と図師育代。技術研修の場での記念写真。
ゲランのルカール先生と図師育代。技術研修の場での記念写真。
当時のタルゴの社長ドグリアーノ氏と育代との記念写真。
当時のタルゴの社長ドグリアーノ氏と育代。ブランドの精神や理念などに触れ、多くの気づきと刺激を受けた出会い。
エステティックを本格導入と同時に3店舗目をオープン時の写真
2店舗目のブティックに続き、エステティックを本格導入と同時に3店舗目をオープン
国内で初めてSPAプランをリリース
国内で初めてSPAプランをリリース
海外でのリサーチ時の写真
本物志向の美を求めて、世界中の一流を自らの目で確かめた日々。
フランス・トリアノンパレスにて
フランス・トリアノンパレスにて。
本場の技術と美意識を体感するため、ジバンシィスパを視察。
ハンガリー・ゲッレールトホテルにて
ハンガリー・ゲッレールトホテルにて

アンミカ氏をお招きし、社員向けの特別講演を実施時の一枚。
情熱をもって社員教育に取り組む中、アンミカ氏をお招きし、社員向けの特別講演を実施。感性と前向きな姿勢に触れる貴重な一枚。
バンコク・マンダリンオリエンタルにて社員研修時の写真
“上質に触れることも学びのひとつ”-先代の想いを受け継ぎ、バンコク・マンダリンオリエンタルにて社員研修を実施。
バンコク・マンダリンオリエンタルにて。総支配人とスタッフとの記念写真。
バンコク・マンダリンオリエンタルにて。総支配人とスタッフとの記念写真。 世界最高峰のホスピタリティに学ぶため、30年以上にわたり社員教育の一環として訪問。
本社ビルの写真
本社ビル
本社ビル完成時の図師洋二・育代夫妻。 ブランドの新たなステージへと歩みを進めた節目の一枚。
本社ビル完成時の図師洋二・育代夫妻。
ブランドの新たなステージへと歩みを進めた節目の一枚。
すべてが、
結ばれる場所へ

1998

ブランドの想いを、ひとつに束ねる。

そして1998年、ブランドの核をひとつに束ねるため、現在の所在地である東近江市青葉町に本社ビルを新たに建設しました。

それまで分かれていた機能や役割を見直し、ブランドとしての在り方をあらためて整理する。そのための拠点として選ばれたのが、この場所でした。

企画・販売・施術・教育といった機能をひとつの空間に集約することで、情報や技術、思想が有機的につながりはじめます。そして、「美しさ」を軸に統合された世界観が、具体的なかたちを持つようになりました。


それは単なる拠点の移転ではなく、ブランドの思想をひとつに結び直す節目でもありました。同じ空間で考え、伝え、育み、届ける体制が整ったことで、グランルミエは次の時代へと歩みを進めていきます。
1999年、ブランド初の自社化粧品ライン「ランプリール」を発売。
1999年、ブランド初の自社化粧品ライン「ランプリール」を発売。
 エステティック発想の本格スキンケアが誕生。
ドクター石井(右)、妻でシャンソン歌手の坂本スミ子氏(左)、中央は育代。
ドクター石井(右)、妻でシャンソン歌手の坂本スミ子氏(左)、中央は育代。 日本で初めてドクターズコスメを開発された先生から、数多くの学びを得る。

A Philosophy, Made Visible

思想が、かたちになる。
1990年代後半、ドクター石井氏との出会いは、日本でいち早くドクターズコスメを手がけたその先進的な思想と臨床に基づく理論から、私たちは多くの学びを得ます。

「美しさは感覚だけでなく、根拠を持つべきもの。」
その考えは、エステティックの現場で培ってきた経験と結びつき、やがてひとつの確信へと変わっていきました。
そして1999年。ブランド初の自社化粧品ライン「REMPLIR(ランプリール)」を発表。施術の現場で本当に必要とされる処方を追求し、エステティック発想から生まれた本格スキンケアが誕生します。

Deepening the Roots

揺るぎない土台の完成
自社プロダクトの完成から現在に至るまでの約四半世紀。トレンドがめまぐるしく消費される時代の中にあっても、私たちは普遍的な美しさだけを見つめ、技術とサービスの純度を高め続けてきました。

お客さまとともに静かに、しかし力強く積み上げてきたその歳月こそが、次なる革新へと向かうための確かな礎となっています。
トータルビューティとしての現在地

2025

女性も男性も、自分らしく輝ける場所へ。
美しさの選択肢は、もっと自由に。

広がりゆくグランルミエの世界。
グランルミエは今、女性のためのエステティックサロンや化粧品専門店としての役割を超え、より多様な美のニーズに応える存在へと広がりを見せています。

近年では、男性向けのグルーミング需要にも対応すべく、メンズフェイシャルライン「granlumie grooming」をスタート。さらに、グランルミエの空間内に併設された美容室「 90DEGREES」では、スタイリッシュかつ本格的なヘアケアを提供し、幅広い年齢層・性別の顧客から支持を集めています。
これからも、単なる施術や販売にとどまらず、「美しさを通じたライフスタイルのアップデート」を提案する存在として、地域社会とともに歩みを続けていきます。
トータルビューティの可能性を広げる新たな挑戦-
併設ヘアスタジオ「90DEGREES」
化粧品・コスメティックショップのグランルミエ店内
現在のグランルミエ